GW、皆さまはゆっくりお過ごしになれましたか?
私は実家の畑や庭仕事の手伝いをしてきました。小鳥の囀りや、土や草の香りに包まれて最高のリフレッシュタイムになりました。^^
さて、GWといえば、5月1日から、『プラダを着た悪魔 2』が上映スタートしましたね!
この機会に前作を見直す方も多いかと思うので、今回の記事では、まずは前作のおさらいを。
公開は2006年。もう20年近く前の作品ですが、当時映画館でご覧になったかたも多いでしょうか?私もその一人です。
今まで何度か見る機会があったのですが、年を経るごとに以前とはまた違うものが見えてきます。
上映当時、私は20代で、アン・ハサウェイ演じるアンディの目線でこの映画を見ていました。
慣れない世界に飛び込み、厳しい上司や様々な理不尽に振り回されながら、なんとか食らいついていく。やっと慣れてきたと思ったら、恋人や友人には「変わっちゃったね」なんて冷たく言われて落ち込む。そんな彼女の姿に同情したり共感しながら見ていたように思います。
けれど、今あらためて見ると、編集長ミランダの姿や視点に、より目が向くようになっていました。
完璧を求め続けること。妥協を許さないこと。最前線に立ち続けること。その裏には、並々ならぬ覚悟と孤独があるのだと、今なら少しわかる気がします。
そして登場人物たちが身につけているランジェリーやルームウェアも、以前見た時とは少し印象が変わっていました。
ランジェリーが映し出す、それぞれの朝
『プラダを着た悪魔』といえば、冒頭のシーンがお気に入りという方も多いのではないでしょうか?
映画は、ニューヨークの女性たちが朝の身支度を整える場面から始まります。
上質そうなブラックレースのブラを身につけ、ガーターストッキングに足を通していく女性。
セットアップのランジェリー姿で全身鏡の前に立ち、クローゼットから服を選び、メイクを整え、ハイヒールを履いて颯爽と街へ出ていく女性。
一方で、主人公アンディは、バスルームの曇った鏡を無造作に拭い、引き出しの中から手近なショーツを選びます。おそらくブラとショーツはお揃いではなく、実用的なもの。なんなら少しへたっているかもしれません。リップクリームだけ塗り、オニオンベーグルを片手に面接へ出かけます。
ほんの数分のシーンですが、それぞれの女性がどんな価値観を持ち、どんな暮らしをし、どのように一日を始めているのかが、選ぶランジェリーや身支度を通して鮮やかに描かれます。
軽快な音楽とともにテンポよく切り替わる映像を見ていると、これから始まる物語への期待にわくわくする、印象的なオープニングですね。
服の下に何を纏うか。
他人に見せる部分ではないからこそ、その人のライフスタイルや価値観を率直に映し出していて、そのコントラストにぐっと惹きつけられます。

「盛らない」ことで生まれる、モードな胸もと
映画の中でアンディのファッションが大きく変化していく場面は、この作品の見どころのひとつですね。
なかでも印象的だったのが、胸もとの深く開いたルックを彼女が着こなすときの「さじ加減」です。
ジャケットやニットを着る時、大胆にデコルテはあいていながら、バストを過剰に強調しません。寄せて上げるような「盛り」をあえて封印し、洋服のシルエットと肌の美しさを際立たせています。
アメリカ映画というと、登場人物のバストやヒップをグラマラスに強調するイメージもありますが、この作品の舞台はモード誌の編集部。
セクシーさを誇示するのではなく、全体のシルエットや素材、そして肌の美しさを主役にする着こなしの「美学」がのぞきます。
またそのバランスが知的なアンディの役柄によく似合っているし、洗練された印象へつながっていますよね。
公開当時は何気なく見ていたアンディのスタイリングも、今あらためて見ると、デコルテの見せ方まで役柄に合うよう、よく作られているなあと感心します。
「意思」を纏う、レザー調ビスチェ
もうひとつ印象的だったのが、パリでアンディがドレスの下に身につけていたビスチェ。
公開当時の記憶は、「黒いボディかビスチェを着ていた」という、曖昧な印象でした。
今回あらためて見直してみると、それはレザー風の鈍い光沢を放つビスチェでした。
繊細なレースでも、つややかなサテンでもなく、硬質さのなかに肌のあたたかさを想わせる端正な質感。その意外性に、思わず目を奪われました。
今なら「Maison Close」 や 「Fleur du Mal」で見つかりそうな、スタイリッシュなデザインです。2006年当時、こうしたレザーの質感を持つランジェリーは、あまり一般的ではなかったように思います。(当時の記憶をお持ちのランジェリーラヴァーズの皆さま、いかがでしょうか?)
このビスチェはランジェリーブランドのアイテムというより、ハイファッションの一部としてデザインされたピースだったのかもしれませんね。
そしてそれは、アンディの変化を象徴する一着でもあったように感じます。
かつてのアンディにとって、下着は「ただ着られればいいもの」でした。
けれど、パリの空の下でレザー調のビスチェを纏ったアンディは、もう周囲に翻弄されるだけの新人アシスタントではありません。
ランジェリーも「スタイリングの一部」として捉え、ファッションの世界の中で自らのアイデンティティやスタイルを表現していました。
あのビスチェは、そんな「意識と変化を告げる一着」なのでしょう。

「シェルター」としての、グレーのロングガウン
そして最も心に残ったのは、パリのホテルでの編集長ミランダの姿です。
いつも完璧で揺るぎない存在に見える彼女が、ノーメイクで疲れた表情のまま、足首まで届くゆったりとしたグレーのロングガウンを羽織っているシーン。
おそらくカシミヤの、やわらかく軽く、あたたかいニットガウン。
その姿を見た瞬間、「そうだよね」と唸りました。
最前線で戦い続ける人が、休息の時間に自分を立て直すために選ぶもの。
それはホテルのバスローブではなく、きっと自分のために持参した、心と身体をニュートラルに戻してくれる一枚。
ただ自分を労るだけでなく、その先に、明日また戦うためのラウンジウェア。
(ルームウェア、の言い方が日本では一般的ですが、ここではラウンジウェアと呼びたい!)
あのニットガウンは、単にリラックスするためだけのものでは無い、と感じました。
明日もまた、自分の役割を果たすために。揺らいだ心を整え、エネルギーを回復し、自分自身を静かにメンテナンスするための装い。
プロフェッショナルのための「シェルター」のような存在です。そして未来への意志ある選択が垣間見える一枚です。
痺れました。
グレーという色も象徴的でした。
ブラックのように外界を遮断するカラーでもなく、クリーンなホワイトでもない。
清濁あわせのみながら、静かに心身をニュートラルへ戻してくあれる色。
あのシーンでミランダが纏うべき色は、やはりグレーだったのだと思います。
(彼女のシルバーヘアが映える色という意味でも、グレーは素晴らしいセレクトだと思いました。何色のガウンがミランダに似合うか想像するのもたのしい...!)

なぜ日本にはロングガウンが少ないの?
それにしても、現在の日本では足首まで届くようなロングガウンをあまり見かけませんね。
動きやすさが重視される暮らしの中で、たっぷりとしたガウンに包まれる「贅沢さ」「心地よさ」に価値を見出す文化は、それほど根づいてこなかったのか...、かつて存在していたものの日常から姿を消してしまったのかもしれません。
けれど、年齢を重ねるほど、効率とは別の豊かさも必要になってくるように感じます。
全身を包み込まれる安心感。やわらかな生地のぬくもりと質感に身を委ね、心をほどく時間。
それは決して無駄なものではなく、明日の自分を支えるための、大切な準備のように私は感じています。
見えない場所で、自分を整えること。
映画を見終えたあとも、ミランダのグレーのガウンの印象がしばらく心に残っていました。
ひとには見せない場所で、自分のために選ぶ、「意思あるガウン」。
それは単なる部屋着ではなく、心身を整え、未来の自分を支えるための習慣とも言えそうです。
そんなことを考えながら、この春からLa Goutteでご紹介している「Scarlette」のガウンを思い出しました。
パリのデザイナーがインドで仕立てるエアリーなコットンのキモノローブは、足首まで届くたっぷりとしたシルエット。羽織った瞬間に、思わず深呼吸したくなる心地よさです。
このブランドのナチュラルなテイストは、ミランダのカシミヤガウンとは少し趣きが異なるのですが、一日の終わりに心と身体をほどき、また新しい一日を迎えるための時間をつくってくれるという点では、通じるものがあります。
繭のようにふわりとからだ全体を覆ってくれる点も、個人的に気に入っています。
(ガウンを暮らしに取り入れてみたい方には、お手入れも気楽なコットンだしとってもおすすめ!です。)
映画の余韻を味わいながら、当店のこういった上質なラウンジウェア(ルームウェア)が、皆さまの日常にそっと寄り添い、力づけていてくれていたら素敵だなあと思います。
▶︎当店の ラウンジウェア(ルームウェア)・ナイトウェア 一覧を見る
今回のトピックは、当店のPodcast番組「ランジェリーエトセトラ」でもお話ししています。
よかったらそちらも聴いてみてくださいね。
また、皆さまのご感想やご意見もお寄せいただけたら嬉しいです♪
▶︎ランジェリーエトセトラ:『プラダを着た悪魔』に見る、モードな胸元と、明日また戦うためのガウン